ホンダジェイドが売れない本当の理由

売れない理由の最大要因は価格

売れない理由の最大要因は価格である。発売当初272万円からのスタートである。
ハイブリッドの付加価値を差し引いても1.5Lにそんなに出せない。

むしろ活気があるのはRSの1.5L直噴ターボの方だろう。
それでも252万円もする。RSというスポーツグレードの設定のみでホンダ自体が売る気が無いのだろう。

諸費用込みで300万の魅力は無いだろう。
そもそも200万スタートの旧ストリームユーザーのハートに響かない。
ネーミングをジェイドに変えたこと自体、コンセプトを一新し、旧ストリームユーザーを捨てたのだろう。

山本 シンヤ氏が売れないとする理由

「山本 シンヤ」という方が売れない理由を解説

ステップワゴンと投入時期が被ったから・・・という訳のわからない理由である。

発売から3か月も経過すれば競合など全く関係ありません。
そもそもステップワゴンはワンボックス。
というか、ステップワゴンも販売不振(販売不振の理由)
ジェイドは、車高の低いスタイリッシュな6人乗りミニバン。
オデッセイから見ればストリーム(ジェイド)は格下であって乗り換えの流れはありえない。
ステップワゴンユーザーから見ても価格は高いし、狭いし・・・となる。

よって、そもそも購入対象として競合しない。

また、ジェイドは2列目が二人乗りと割り切ったシートもユーザーを狭める結果になる点は、解説されている。ただ、価格的に割高な点は、一切触れらていないのは調査不足ではなかろうか。 中国向け専用車を日本投入という日本のユーザーにとってマイナス情報がネット上で知れ渡っているのだが、その点にも触れていない。

売れない点を整理

  • 価格が高すぎる
  • 旧ストリームユーザーを無視した価格設定
  • オデッセイやステップワゴンからの乗り換えも想定なし
  • グレード幅が少なく売る気無し
  • 2列目が2人乗りはネック
  • 中国向け車両の安易な日本投入

マーケティング不足のホンダに未来はあるのか

昨今のホンダはハイブリッドさえ用意すれば、という安易な選択と焦りから、ラインナップの拡充を急ぎすぎた。
従来のユーザー乗り換えを無視した車名とコンセプト。

不具合連発のDSGなど、良い点が見当たらない。
昔のホンダスポーツファンから見れば、SUVやミニバン志向のホンダには過去の栄光が見られない悲しい状況もある。
トップダウンの経営判断も重要だが、営業現場やユーザー視点のマーティングを重視したほうが良いと思うのは気のせいだろうか。

ヴェゼルがSUVで売れているという

HV価格は227万円からとなり、3列シートが不要なユーザーを取り込んだ結果だろうか。この価格帯はストリームの乗り換えユーザーも含まれるだろう。

こうした成功体験を多車種展開に生かせていない。

1.5L直噴ターボという量産車種では、売れ筋のエンジンをライバルよりも先行して投入したにも関わらず売り上げに貢献できていない。直噴ターボに理解不足の無知ユーザーに対して、ダウンサイジングターボのメリットがアピール出来ていない。

その点、ハイブリッドを全面に出さずに独自路線で魅力をアピールするスバルやマツダに学ぶ点も多いのかもしれない。

VT250FとRZ250

CBX400Fとならんで、名車として外せないのがVT250Fだろう。
初期型(FC型)スペック
製造年:1982年 – 1984年
車体型式:MC08
フレーム:ダブルクレードル
エンジン:MC08E型 248cc:水冷4ストロークDOHCV型2気筒
最高出力:35ps/11,000rpm
最大トルク:2.2kg-m/10,000rpm
燃料供給装置:キャブレター (VD6)
変速機:常時噛合式6段リターン
駆動方式:チェーンドライブ
サスペンション:前/レスコピック式・後/スイングアーム式(プロリンク)
ブレーキ:前/インボード油圧式ディスク・後/ 機械式リーディングトレーリング
全長x全幅x全高:2000mm x 750mm x 1175mm
シート高:780mm
ホイールベース:1385mm
車両重量:162kg
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1980年のRZ250の発売により、250ccの排気量で400cc級の性能を発揮。
ピーキーなパワーフィールは400cc以上の速さを感じた。軽快なハンドリングやレーシーなポジションも当時としては衝撃的だった。
車検の無い250ccのメリットとも重なり、2ストロークマシンとして記録的なヒットとなる。
ホンダコレクションホールにも初期型VT250F(FC)とRZ250が展示されている。
RZ250の初期型が展示されていることも当時のホンダにとって伝説的なマシンなのだろう。
ホンダ車も得意の4ストローク高回転エンジンのNR500を半分にしたVツインエンジンを採用したVT250F(FC)がデビュー。
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クセのある2ストロークマシンに比べて万人向き名VTは、ツーリングから峠までオールラウンドな性能を発揮する。
また、RZ250を超えるヒットを記録する。
35psのパワーは初代RZ250に並ぶパワーを発揮し、アピール度満点である。
当時としてはめずらしいセミカウルの標準装着、電気式タコメータ。
フロント16インチホイールのクイックなハンドリング。
など当時としては、かなり先進的な装備であった。
その後、VT250Fは、4気筒マシンのCBR250F登場まで4ストロークの主役として君臨する。

ホンダCBX400Fは、今見ても美しい

CBX400Fは、今見ても美しい
ホンダ4気筒モデルは、ドリームCB400FOUR以降、登場は無かった。
その後、400ccの主力モデルは、ホークシリーズとして、ホーク?、スーパーホーク?が主力だった。
3バルブヘッド搭載のSOHC直列2気筒エンジンは、他のライバルに対して、完全に劣勢を強いられる。
スーパーホーク ホンダCB400N
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1979年発売のカワサキZ400FXは、当時の400ccモデルの4気筒モデルとしては、初となるDOHCエンジン2バルブヘッド搭載し、大ヒット作となっている。
大柄な車体とエンジンは、存在感も十分だった。改造パーツの多さも当時の人気の高さを物語る。
ホンダの展示館にFXが展示されていることからも、この伝説ぶりが伝わってくる。
カワサキZ400FX
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この大ヒットに刺激された他メーカーは、1980年発売、ヤマハからはXJ400と4本だしマフラーのXJ400D、スズキからはGSX400Fと直列4気筒4バルブヘッドDOHCのモデルが投入。
No1のホンダとしてもこの状況を黙ってみているわけにはいかず、ホンダCBX400Fが1981年11月17日発売。
スペック
・ロー&コンパクトな設計の車体
・CB750Fイメージのメータパネル
・鍛造製のセパレートハンドル
・ブレーキペダルとチェンジペダル
・4-1-2エキゾーストシステム(クロスした造形は「Xエキゾースト」と呼ばれる。)
・中空アルミスイングアームのプロリンク・サスペンション(一本サスは400ccモデル初)
・インボードディスク(前後)ベンチレーテッドディスク(フロントはシングル)
・フロントアンチダイブ機構
・48馬力
その後、フルフェアリングのCBX400Fインテグラ、及び、CBX550Fインテグラも追加。
後継のCBR400Fへバトンタッチ(1983年)、要望により1984年に再生産。
当時としては、コンパクトな車体は、ライバル車よりも小さく見えるが、ツートンカラーによりインパクトは十分ある。
クロームのクロスしたマフラーは存在感も十分。
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今では程度の良い中古車体が、超プレミア価格で取引されるのもわかる気がする。

HONDA MVX250F伝説

焼き付き伝説

「焼き付き」この代名詞は、MVX以外には見当たらないぐらい有名となった。

このバイクは欠陥車なのだろうか?いやこれは名車なのである。 とりあえず、MVX250Fのスペックにふれておこう。

MVX250Fのスペック

水冷2サイクル ピストンリードバルブ90度V型3気筒
排気量 249cc
最高出力 40PS/9,000rpm
最大トルク 3.2kgm/8,500rpm
車両重量 138kg
変速機 6段変速
販売価格(発売当時) 428,000円
20090919 049 セミカウル、フロント16インチ、インボードディスク、プロリンクサスと当時、先行してデビューしたVT250Fのパーツを一部流用しつつ、コストダウンと軽量化を図ったモデル。

ライバルRZ250のインパクト

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当時、35psのRZ250が2ストブームを巻き起こし、ホンダがVT250Fで巻き返しを図った。
実際、4ストマシンでは圧倒的な売れ行きを見せたが、2ストマシンを持たないホンダにとっては、RZ250のシェアを奪うことが必須だったのだ。
人気のVT250FのスタイルとV型3気筒のレーサースペックの組み合わせは必勝体制だった。
GP500レースで、フレディスペンサーが圧倒的な勝利を勝ち取ったNS500のV型3気筒エンジンをイメージしたV型3気筒エンジンは、スペックでもRZ250を完全に凌駕していた。
しかし、ホンダ市販車初の2ストロードレーサーとして、やや開発途上?で、市販を急ぎ過ぎた未熟な設計?が招いた結果か。前2つのピストンと後1つのピストンの後者シリンダーの焼き付きという不具合が多発したようだ。
焼き付きの原因としては、冷却不足と3気筒というアンバランスさを解消するための重量バランス取りが致命的な悪影響をもたらしたようだが、GPマシンのノウハウが活かれされていないことが不思議でもある。
実際、どれだけの不具合が多発かは、不明であるが、後期モデルで改良を行い、焼き付き付き対策を実施したようだ。
この「焼き付き」が原因で売れなかったのか・・・というと原因は他にあると分析する。

MVX250Fが不人気の原因

・まず、カラーリングがイマイチ。
・車重を軽くするためか、125と見間違うほど、コンパクトな車体。
・VT250Fと共用しすぎのメカニズム&外観。
・RZ250Rの43ps、RG-γの45psのライバルに劣るパワー

などなど、VT250Fに対する2ストマシンとしての優位性、後から登場するライバル達に対する商品力を維持するだけの魅力も無かった。
特に目立ちたがり屋の峠族のハートに訴える商品性が欠落していたのだ。
ある意味、早期の市販化を急ぐあまり、販売面の売り上げ優先主義が招いた結果かと思う。
この後、RG250γやRZ-Rが登場し、VT250Fの後追いを狙った2スト版の販売はジリ貧になる。

MVX400Fのお蔵入り

MVX400Fも市販化が予定されていて、雑誌にはスクープ記事も載っていた記憶があるが、不人気がたたり、お蔵入りとなる。
当時、ツーリングでも同行した記憶があるMVX250Fだが、オイル排出量が劇的の多いとか、オイルが飛び散りすぎ・・・などの事象はなかったように思う。
(焼き付き対策モデルなのかは、記憶にないが)
言い換えれば、オーナーの乗り方次第では、軽量コンパクトボディかつトルクも重視したエンジンを活かして峠道でも、後発のライバル勢に見劣りしない性能を発揮できたのではなかろうか。
ある意味、貧乏学生+峠マシンとしては最強の組み合わせだったとも言える。

後継のNS250F/Rの登場

その後、MVX250Fの落ち目を挽回すべく、ライバルを研究したNS250F/Rが発売される。
20090919 048 ヤマハのYPVSに刺激されてか、ATACなる排気デバイスを装備し、トルクアップを図る。
Rは、アルミフレーム+フルカウル、Fは、スチールフレーム+ネイキッドモデルとなる。
ライバルに対して、性能的なスペックは勝っていたが、フルカウルとアルミフレーム化で高くなってしまった価格とインパクトに欠ける地味なカラーリングで、あまり売れていた感じはしない。

その後、NS400Rの兄貴分も登場。トリコールカラーやロスマンズカラーの投入も行うが、400ccの2ストは万人受けはしなかった。
MVX250Fの亡霊の影響かもしれないが、その後、登場するTZR250の爆発的な人気に隠れてしまっているのだ。

爆発的なヒットを記録したNSR250R

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ホンダの2ストマシンが開花するのは、「NSR250R」を待たなければならない。このマシンはライバルTZR,ガンマやKRを完全に凌駕した。排ガス規制により消えた2ストマシン達は、やがて伝説となる。

HONDA F1創世記

ツインリンクもてぎのホンダコレクションホールから
1962年にF1参戦を発表。
ロータスシャーシを用いたF1参戦がボツになり、自社エンジン、シャーシを用いたワークス体制での参戦を行った。
ゼッケン20番はRA271の初代F1マシン
■RA271
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ゼッケン11番、RA272は、ホンダワークス参戦で初優勝のマシン。
1965年、1.5リッターエンジンのレギュレーションで最後となる。
当時としては、苦労の結果、素晴らしい結果であるが、
国内におけるモータースポーツへの理解が浅く、
報道の結果も暴走族と勘違いされるなど、国内での認知度はかなり浅かったことがわかる。
まさにプロジェクトXである。
■RA272
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ゼッケン18番、RA273は、
レギュレーションが変更となり、3リッターエンジンとなる。
90度V型12気筒DOHC48バルブ
400ps/10500rpm以上
最高速度350キロ以上、重量650キロ
■RA273
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リヤウィングが付与され空力にも気を使うようになった。
■RA300?
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という流れがF1参戦の第一期になる。
市販車用の低公害型のエンジン開発を目的として、1968年にF1参戦を中止する。
この後、フォードコスワースV8エンジンが主流となり、プライベートチームが盛隆を極める。